乳癌の臨床「若年性乳癌をめぐる諸問題」
「30歳以下の若年性乳癌の臨床病理学的解析と結婚・出産に関する検討」
ブレストサージャリークリニック 片岡 明美
九州がんセンター乳腺科 大野 真司
◎英文タイトル
Clinicopathological characteristics, rate of marriage and childbirth of young breast cancer patients.
◎抄録
It is important to treat young breast cancer patients with more consideration for not only their malignant potential but also their needs for psyco-social care. Although there is limited information about survivorship such as rate of marriage and childbirth after medical treatment of breast cancer. Therefore, we investigated 70 of young breast cancer patients' records to clarify the clinicopathological characteristics, performed treatment, medical prognosis and social prognosis including rate of marriage and childbirth.

1) はじめに
2) 対象と方法
3) 臨床病理学的因子
4) 治療
5) 病的予後
6) 社会的予後
7) 術後の結婚、出産に関する解析結果
8) まとめ
9) 今後の課題

  1) はじめに
乳癌は他の固形がんに比べ若年での発症が多い。若年性乳癌の診療では、高い生物学的悪性度を考慮した治療のみならず、治療後のサバイバーシップ(ボディイメージ変化、結婚、出産)への配慮や家族をも含めた心理的、社会的支援が重要である。患者は生命予後はもちろんのこと、女性としての将来の結婚や出産に対しても不安を抱えていることが多い。一方、そのような社会的予後に着目した報告は少ないため、適切な情報提供が困難である。そこで本研究では、若年性乳癌における臨床病理学的因子と結婚・出産に関する因子を解析し、社会的予後を明らかにすることを目的として行ったので報告する。

  2) 対象と方法
九州がんセンターの'78-'06年の原発性乳癌手術4844例のうち手術時に30歳以下であった70例を対象に、臨床病理学的因子、治療方法、病的予後、社会的予後についてretrospectiveに解析した。遠隔転移症例は除外した。30歳以下を対象としたのは、術後の結婚や妊娠・出産の有無などを検討するため、一般女性における平均初婚年齢が28歳(2006年)、第一子の出産年齢が29歳(2004年)であったことと、ともに高齢化する傾向を認めたためである。

  3) 臨床病理学的因子
手術時の平均年齢は28(18〜30)歳。未婚者は48%、出産経験のないもの54%、妊娠期(授乳期含む)乳癌15%であった。発見動機は腫瘤自覚91%、乳頭分泌5%、検診発見4%であった。平均腫瘍径は3.7(1〜10)cm、T分類をグラフ1に示す。
病理学的リンパ節転移は45%に認め、ER陽性60%、HER2陽性29%であった。3親等までの乳癌家族歴を一人以上有するものが16%であった。他癌の既往として骨肉腫1例と悪性リンパ腫1例を認めた。

  4) 治療
手術、薬物療法の内容をグラフ2に示す。経口・静注あわせた化学療法が73%に施行され、放射線療法は乳房に22%、胸壁・鎖骨上に2%が施行された。

  5) 病的予後
観察期間の中央値8(1〜24)年で、再発29例、乳癌死25例であった。異時性乳癌発症は2例認めたが、他癌の発症は認めなかった。健存曲線と生存曲線を図に示す。5年健存率 66%、10年健存率60%、5年生存率76%、10年生存率62%であった。腫瘍径の大きいもの、リンパ節転移陽性、妊娠期乳がんの予後は有意に不良であった(p<0.05)。T1かつリンパ節転移陰性例の10年生存率は79%であった。

  6) 社会的予後
乳癌死亡例25例において、死亡時の平均年齢は34(26〜48)歳であった。死亡時の既婚率75%、挙児率68%でした。子供の数を円グラフに示す。遺児となった子供の平均年齢は8(1〜15)歳で、就学状況は円グラフに示すように学童が約半分、未就学幼児が三分の一以上であった。

  7) 術後の結婚、出産に関する解析結果
薬物療法による無月経は一時的であり、内分泌療法を含む薬物療法終了後1年以内の月経再開は97%に認めた。再開しなかった1例も5年後に再開した。乳癌術後の結婚は、独身者からの初婚と、既婚者の離婚後の再婚とを合わせて45%に見られた。乳癌術後の出産は21%に認めた。術後の新たな出産回数をグラフに示す。症例数がそれぞれ異なるのは、月経に関しては早期再発症例は再発治療の影響があるため除外したこと、結婚では独身者を対象としたこと、出産は生存者を対象としたためである。観察期間の中央値8(1〜24)年、生存例の平均年齢38(22〜51)歳での解析である。
なお、術後新たに出産した13例の背景因子を示す。手術時の平均腫瘍径は2.9cm、T1以下が56%を占め、リンパ節転移陽性は16%、ER陽性が64%であった。症例全体に比べ、腫瘍径が小さく、リンパ節転移が少ない傾向であった。

  8) まとめ
若年性乳癌の臨床病理学的特徴は妊娠期乳癌が15%、腫瘤自覚が90%、平均腫瘍径3.9センチ、リンパ節転移を45%に認めた。10年生存率は60%であり、妊娠期乳がん・腫瘍径の大きいもの・リンパ節転移陽性例は予後不良であった。死亡例の68%に子供がおり、遺児となった 。T1以下・リンパ節転移陰性例の10年生存率は約80%であった。
治療後の結婚・妊娠に関しては、化学療法後の永久無月経はまれであり、術後の結婚は45%、出産は21%に認めた。乳癌術後に新たに出産する症例は腫瘍径が小さくリンパ節転移陰性例が多い傾向を認めた。

  9) 今後の課題
まず、今回の検討で若年性乳癌では比較的大きな腫瘤を自覚するものがほとんどであったことから、早期発見のための若年者への乳癌知識の普及とピンクリボン運動による乳癌啓発が望まれる。
次に、より正確な予後予測に基づく適切な薬物療法を行うことが重要である。その際には卵巣機能温存への充分な配慮が必要です。最近は、アンスラサイクリンとタキサンを逐次併用することも多いが、本研究ではタキサンや分子標的治療薬による卵巣障害については検討できなかった。今後のデータを集積する必要がある。
最後に、サバイバー支援として若年性乳癌患者のその後の人生設計を考えるうえで重要な長期生命予後や結婚・出産を考慮した社会的予後に関する多施設の情報の統合と公表および、予後不良者の家族も含めた心理・社会的サポートの強化が重要な課題と思われる。