性はわたしたちの暮らしにとって大切な一部分であり、それは病気になっても変わりありません。このセクションでは、乳がんによっておきる可能性がある性生活の変化と、それらに対処するヒントをまとめます。


(1) 性生活で悩む人は少なくありません
(2) ほかの人たちはどうしているの?
(3) 各種治療の影響
(4) 性生活の変化には個人差・カップル差が大きい!


  (1) 性生活で悩む人は少なくありません
 がんはカップルの双方にとって大きな衝撃で、診断当初は「セックスのことなんか考えられない」という方が多いものです。しかし、手術などの初期治療が一段落して心身の状態がだんだん落ち着いてくると、多くの場合、性生活に対する興味やエネルギーも自然に戻ってきます。
 とはいえ、治療を受けたあとの性生活を心配する声も聞かれます(図1)。もっとも多いのは「性行為によって女性ホルモンが増えて、病気が進行するのではないか」という懸念ですが、これはまったくの迷信です。性行為と病気の進行との間には、何の関係もありません。次いでよく聞かれるのが、「治療後に性生活を再開するのが怖い」「前のようにできなかったらどうしよう?」という心配です。実際、思い切って再開してみたものの、以前のような快感が得られず、その後の性生活に消極的になってしまう人もいます。さらには、「病気になって相手に迷惑をかけている」「後ろめたい」という気持ちから、身体的、心理的につらい性生活を我慢して続けている人も、中には見受けられます。
 しかし、性生活というのは本来、カップルの双方にとって心地よく、楽しみに満ちたものであるはずです。病気のあとの性生活は、それまでのお二人の性のありかたをふりかえるきっかけにもなります。
図1



  (2) ほかの人たちはどうしているの?
 図2は、2005年に九州がんセンターの乳腺外来に通院する方のご協力を得て実施した調査の結果です。手術前に性生活があり、術後1年以上経過している方85名のうち、73名(86%)が性生活を再開していました。14%は未再開のままです。また、性生活の頻度を聞くと、約半分の方が「頻度が減った」と答え、「頻度はかわらない」(26%)、「前より頻度が増えた」7%)を大きく上回っていました。図3は性生活再開のタイミングです。半分の方が術後3ヵ月半以内に再開していましたが、半年以上かかった方も見られました。性生活を再開した方も、さまざまな変化を経験していました(図4)。もっとも多かったのは「以前より性生活への関心が失せた」という声、次いで「服を脱ぐことに抵抗がある」「以前ほど性的快感が得られない」といった声などです。図5は、アンケートの自由記述の一部です。性生活の変化に直面しながらも、夫の反応を心配している気持ちがうかがわれます。
図2 九州がんセンター乳腺外来患者調査
 
図3 性生活再開のタイミング
図4 再開後の性行為の変化
図5 術後のセックス(九州がんセンター外来患者調査自由記述より)



  (3) 各種治療の影響
 治療の種類よって、起こりやすい変化があります。以下、治療別にみていきましょう。
手術の影響 (図6)
 
図6 手術の影響
 
手術部位やわきの下(リンパ節を切除したあたり)の感覚が変化し、愛撫によって違和感や不快感が生じることがあります。手術前に乳房への愛撫を大切にしていた場合、以前ほどの性的快感を得られないことがあります。時間がたつにつれて徐々に軽くなることが多いのですが、長く続く場合は、主治医やペインクリニックの医師などに相談してみましょう。
腕や肩関節の動きがまだ回復していないとき、また上肢のリンパ浮腫がある場合は、パートナーを抱擁したり、からだを支えたりすることが難しい場合があります。関節を無理に動かさないようにしましょう。クッションや枕を使ってからだを支えることもできます。
男性上位のとき、パートナーのからだで手術した部分を圧迫されるのではないかと心配になる人もいます。その不安を相手に伝え、直接圧迫しないように気をつけてもらいましょう。体位を変えるのもよいでしょう。
手術による身体の外見的な変化は、人によって受け止め方が違います。相手の反応が気になって性的快感に集中できなくなったり、性生活に前向きになれなかったりする人もいます。気になるのであれば、Tシャツやキャミソールを着たり、補正具を入れたブラジャーでカバーしてもいいでしょう。
放射線療法の影響 (図7)
 
図7 放射線療法の影響
 
個人差はありますが、全身倦怠感のために性生活がおっくうになる方もいます。連日通院するだけでも疲れはたまるものです。性生活を楽しむ気持ちになれないときに、無理をすることはありません。
照射部位の皮膚炎のため、ヒリヒリ感・乾燥感・ただれなどが生じ、快感がそこなわれることがあります。皮膚の変化が強いときには、その部分を直接こすったり、圧迫したりしないように気をつけてください。
化学療法(抗がん剤治療)・ホルモン療法の影響(図8、 図9、 図10)
 
図8 化学療法・内分泌療法の影響
 
図9 化学療法・内分泌療法の影響
 
図10 化学療法・内分泌療法の影響
 
化学療法による全身症状(全身倦怠感・食欲不振・脱毛・体重変化・悪心嘔吐・筋力低下など)が強い時期には、性欲も減退しがちです。人によっては、ご自身の体力や身体的魅力への自信がゆらぐこともあります。症状が強いときには無理をしないことです。ただ、強い全身症状は一時的であり、それがずっと続くわけではないことを覚えておかれてください。
化学療法やホルモン療法では、卵巣の機能や女性ホルモンの働きがおさえられることで、腟の乾燥や腟粘膜の萎縮が生じます。その結果、性交痛をともなうことが多く、痛みが続くと性生活への意欲もそがれてしまいます。化学療法で卵巣の働きをとくにおさえるのは、シクロフォスファミド(エンドキサン®)やアンスラサイクリン系の薬剤(アドリアシン®など)です。内分泌療法による性交痛は、タモキシフェン(ノルバデックス®など)の場合はそれほどでもないといわれていますが、LH-RHアゴニスト(リュープリン®、ゾラデックス®など)の場合には強く出ることがあります。
卵巣の機能が抑えられることにより、生理不順や早期閉経がおき、ほてり・発汗・イライラ・不眠などの、いわゆる更年期症状を生じることがあります。治療によるこれらの症状は、自然閉経による更年期症状よりも急激に出る傾向があり、驚く人が少なくありません。また、卵巣からは少量の男性ホルモン(テストステロン)も分泌されており、それが低下するとそれまで積極的に性生活を楽しんでいた人でも、急に性欲が落ちたり、それまでと同様の刺激でもオルガズムが得られにくくなったりします。更年期症状に対してよく用いられる女性ホルモン補充療法は乳がんを悪化させる可能性があり、使うことができません。更年期症状に対しては、その他の薬物治療(末梢循環改善薬・睡眠薬・抗不安薬・漢方薬など)が効果的な場合がありますので、主治医によく相談してください。また、適度のエクササイズも気分転換に効果的です。
一時的に性生活を控えたほうがいい時期があります。第1に、抗がん剤によって一時的に白血球(好中球)が減少し、身体の抵抗力が弱っているとき。主治医が「人ごみを避けてください」と言うようなときには、性生活も控えたほうがよいでしょう。第2に、白血球が減少する時期とだぶりますが、血小板が減って出血しやすい状態になっているときです。これらのようなときには、性行為が感染や出血の引き金になりかねないので、一時的に控えたほうが無難です。しかし、白血球や血小板が回復してきたら性生活も再開可能です。
化学療法や内分泌療法のために生理がとまっていても、避妊を忘れてはいけません。たとえ今は生理がなくても、急に排卵が戻る可能性があるからです。コンドームによる物理的避妊を確実に行ってください。治療終了後、妊娠出産を希望する場合は、避妊をやめるタイミングについて、主治医とよく相談をしましょう。なお、低用量経口避妊薬(ピル)は乳がんを悪化させる恐れがあるので、使うことができません。



  (4) 性生活の変化には個人差・カップル差が大きい!
 ここで重要なのは、乳がんの治療が似通っていても個々のカップルの性生活の変化はさまざまなです。また、同じカップルでも、日によって、また状況によって、満足度が変わることはよくあります。図11に、カップルの性生活に影響する条件を示します。まず、セックスを楽しむにはある程度の心身のエネルギーとゆとりが必要ですが、同じ治療を受けても心身の回復度には個人差があり、それによって性欲や性感も左右されます。自分の性的な魅力に自信を持てるかどうか(性的自己イメージ)や、パートナーとの人間関係全般、さらに、性生活に対してそれまでパートナーとどの程度ざっくばらんなコミュニケーションをしてきたかも、影響を及ぼします。また、性的な変化が生じたとしても,それがカップルにとって深刻な問題に発展するかどうかは,カップルによって異なります。それは、人間関係全体の中で性的な関係が占める大切さが、カップルによって異なるからです。発病にともなう不安感や気分の落ち込みに由来する性欲低下も少なくありません。このように、治療内容以外にも性生活にはさまざまな影響要因があると知っておくことは重要です。急がず、ゆっくり、お互いが満足できる方法を見つけていきましょう。
図11 性生活に影響するさまざまな条件
一般的なヒント
  以下に、治療の種類にかかわらず役立つヒントをあげます(図12)。
 
図12 性生活に向けたヒント
 
ゆったりとした雰囲気をつくろう
やや落とした照明や静かな音楽は、からだと気持ちをリラックスさせてくれます。
少しずつ進めよう
 治療後に性生活を再開するときは、どのカップルも「おそるおそる」のことが多いものです。生まれてはじめて性の体験をしたとき、最初から自信たっぷりに楽しむことができた人は多くありません。治療後の性生活も同じで、慣れていくにはカップルの双方にある程度の時間が必要です。ゆったりかまえましょう。
 また、性生活とは、性交のことだけではありません。いきなり挿入を試みる必要はありません。手をつなぐ、優しく抱き合う、背中や手足のマッサージをする、などによって、お互いの温もりを感じることができます。
何はなくてもコミュニケーション!
 一番大事なのは、状態を伝え合うことです。性行為にともなって違和感や痛みがあったら、我慢しないでできるだけパートナーに伝えましょう。性交痛・肩関節の痛み・皮膚の違和感・からだの疲れなど、あなたが変化を伝えない限り、パートナーはわかりません。性的な変化は、察してもらうことがとても難しいのです。性行為にともなう痛みや不安感があると、快感に集中する気持ちがそがれ、ますます苦痛が強まる悪循環が生じてしまいます。変化がおきているときこそ、勇気を出して相手に伝えることが肝心です。コミュニケーションを心がけた結果、以前より性の満足度が高まったというカップルもいます。また、前向きで正直な気持ちを伝えあうコミュニケーションは、性生活に限らず、カップルの関係全般にわたってとても大切なことです。
 病気とわかる前の性生活を思い出してみてください。ご自分の満足をいつも大事にできていましたか?ときには相手の満足のほうを優先していなかったでしょうか?苦痛を伝えるときには、相手を非難するのではなく、「ここがつらい」「こうしてほしい」のように、できるだけ具体的に、前向きに伝えてみましょう。パートナーの方は、ご本人のお話をよく聞いてください。
以前のパターンにこだわらなくても大丈夫
 カップルそれぞれに、慣れた性生活のかたちがありますが、前のかたちにこだわらなくても大丈夫です。
性生活への気持ちがあっても夜には疲労がたまる場合、余力のある時間を使いましょう。休日の午前中でもよいかもしれません。同様に、からだの痛みがあるなら、鎮痛剤がよく効いているときに寄り添うのもよいでしょう。
 性交痛がある場合は、我慢しないでパートナーに伝え、十分前戯の時間をとってもらいましょう。水溶性の腟潤滑ゼリー(写真)も大変効果的です。潤滑ゼリーは一般の薬局や通信販売などで購入することができます。ご本人とパートナーのどちらが使ってもよく、たっぷり使うのがコツですから、ベッドサイドに置いておくとよいでしょう。また、女性のほうが動きをコントロールしやすい体位(女性上位や側臥位など)をとることで、痛みへの恐怖感を和らげることもできます。また、性交そのものをゴールにする必要はありません。快感を得る方法は、いろいろあります。この機会に、ほかの方法を試してみるのもよいでしょう。
性生活のときの着衣は、そのときのお二人にとって、もっとも楽なかたちでかまいません。当初は手術のあとを保護する意味からも、下着などをつける方が少なくありません。当初はそうでも、ある時期から下着などをつけなくなるカップルもあります。いずれにせよ、「今はこうしたい」「こうしたほうが楽」と、パートナーに伝えてお二人で話し合うことです。
 
水溶性腟潤滑ゼリー
暮らし全体をふりかえろう
 性生活を楽しむには、ある程度の心身のエネルギーとゆとりが必要です。暮らしのペースに無理はないでしょうか?パートナーと一緒に、ゆっくりとした時間をすごせていますか?性生活にむかう前に、今の暮らし全般をふりかえってみましょう。
あなた自身の優先順位を上げよう
 病気になっても、ご家族や周囲を気づかうあまり、自分を後回しにする人が少なくありません。自分の優先順位を大切にできているでしょうか?今は、あなた自身の優先順位をあげるべきときです。
医学的な問題がないか、チェックしよう
 性生活への関心を失う原因として、乳がん治療以外の医学的な原因も考えられます。たとえば、性欲の低下は、うつ病の症状のことがありますし、確率は低いものの、降圧剤、不整脈治療薬、高脂血症治療薬、抗不安薬、消化性潰瘍治療薬、利尿剤などの薬剤の副作用として性欲が落ちることもあります。これらの影響について心配になったら、必ず主治医に相談してください。決して自己判断でくすりの服用をやめてはいけません。
遠慮しないで医療者に相談してみよう
 忙しい外来や病棟で、担当の医療者に性生活の相談をすることをためらう人は大勢います。しかし、「性の悩み」への相談にのることも医療者の守備範囲です。身近で信頼できる看護師や医師に相談してみてください。また、性の悩みは多くの場合パートナーとの人間関係全般やカップルそれぞれの心身のコンディションにも関連します。精神科医、心療内科医、心理カウンセラーに相談する方法もあります。院内や地元の「こころの専門家」の情報は、医療スタッフから得ることができます。



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女性性機能障害
  日本性科学会監修:「女性が性を楽しむために―女性性機能障害(FSD)って何?」
ジェクス(株)発行, 2008
 
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  参考文献
1) アメリカがん協会編: がん患者の<幸せな性> あなたとパートナーのために・新装版. 高橋 都. 針間克己訳.春秋社, 東京, 2007.
2) 高橋 都: 性機能障害. 日本臨床腫瘍学会編: 新臨床腫瘍学改訂第2版. 859-862.南江堂, 東京, 2009
3) 高橋 都:がんサバイバーの性機能障害と性腺機能障害への支援. 腫瘍内科 5: 139-144, 2010
 
文責: 獨協医科大学公衆衛生学講座准教授 高橋 都