日本乳癌学会のデータベースの解析
はじめに
若年性乳がんの特徴
若年乳がんの予後


  はじめに
 乳がんは日本人女性において最も罹患率の高い悪性腫瘍であり、罹患数、死亡者数とも増加の一途をたどっています。一方、乳がんは他の悪性腫瘍と比較して治療後の生存率は高く、乳がんサバイバーとして長い人生を歩む可能性が高いため、乳がんの治療においてはより効果の高い治療とともに、患者さんの生活の質(Quality of Life:QOL)やサバイバーシップにも配慮した治療を提供することが求められています。また、若年者においては、この年代の女性に特有の結婚、出産、妊娠などのライフイベントにも十分考慮する必要があります。個々の患者さんに最適な治療を選択するためには、若年性乳がんの生物学的特徴や治療の状況、予後などの関連を把握することが必要です。特に、どのような治療法を選択し、どのように乳がんという病気と向き合って生きていくかという大きな問題を考えていくには、若年性乳がん特有の情報を集積することは必要不可欠と考えられます。



  若年性乳がんの特徴

若年性乳がんの特徴を調べるために、日本乳癌学会乳癌登録データより、2004〜2009年に初回登録された、女性乳がん109,617症例を対象に解析しました。35歳未満(34歳以下)を若年性乳がんと定義して解析しました。

乳がん患者の年齢分布
  乳がん患者さんの年齢分布は図1のようになりました。40〜50歳代の患者さんが最も多く、平均年齢は57.4歳でした。

この中で35歳未満の若年性乳がんはわずかに約2.7%でした(図2)。
 
図1 若年性乳がんの年齢分布
 
図2 若年性乳がんの割合
若年性乳がんの臨床的特徴
  若年性乳がんの特徴を調べるために、さまざまな因子を35歳未満の若年者と、35歳以上の非若年者間で比較してみました。図3のように若年性乳がんでは非若年性乳がんに比べて、同時性、異時性ともに両側性乳がんは少ない、乳がん家族歴がある、BMIが小さい(肥満が少ない)といった結果でした。
次に乳がんの発見の契機を調べると、若年性乳がんでは非若年性乳がんに比べて自己発見の割合が多く、検診をきっかけに診断された割合が非常に小さいようです(図4)。これは一般に若い女性には乳がん検診を受ける機会があまりないことや検診でも病変を見逃される可能性があることを示唆しているものかもしれません。腫瘍の大きさを比較すると、若年性乳がんでは2.1cm以上の割合が多く、平均も2.9cmと非若年者に比較して明らかに大きいことがわかりました(図5)。これも自分で気づいてから診断された症例が多いからだと思われます。
乳房の局所の状況では、若年者では腫瘍径は大きいものの、胸壁固定や皮膚の浮腫、潰瘍、衛星結節といった皮膚症状をともなうような状態は少ないこと、一方で、炎症性乳がんという特殊な状態が多いことがわかりました(図6)。乳がんの進行度(臨床病期)は若年性乳がんでは非若年性乳がんに比べて、0期、I期の早期乳がんが少なく、II期、III期の割合が高くなっていました。Ⅳ期の割合は変わりませんでした(図7)。
 
図3 若年性乳がんの特徴(1)
 
図4 若年性乳がんの特徴(2)
 
図5 若年性乳がんの特徴(2)
 
図6 局所の進行状態
 
図7 病期
治療状況
  次に、乳がんに対して行なわれた治療の状況について、若年者と非若年者で比較しました。
  [手術]
  まず、行なわれた手術に関しては、図8のように若年者のほうが腫瘍径が大きいにもかかわらず乳房温存療法の割合が高いことがわかりました。一方、腋窩リンパ節に対しては、若年者のほうがレベルI
以上の腋窩リンパ節郭清を受けた割合が高く、センチネルリンパ節生検のみで終わった症例は少ないようです
 
図8 外科治療
  [術前薬物療法(図9)]
  術前薬物療法に関しては、若年者のほうが非若年者に比較して、術前薬物療法を受けた割合が非常に高く4人に1人が受けていました。その内容としては化学療法と分子標的治療の割合が高いことがわかりました。
 
図9 術前薬物療法
  [術後補助療法(図10)]
  術後薬物療法に関しても、図10のように若年者では非若年者に比較して化学療法と分子標的治療の割合が高いことがわかりました。また、術後放射線治療の割合も高くなっています。
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図10 術後補助療法
病理所見
  次に病理学的な所見について調べました。病理学的リンパ節転移のある症例が、若年者の方が多く、平均リンパ節転移の数も非若年者の1.31個に比較して1.54個と多くなっていました(図11)。
エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)の二つのホルモン受容体に関しては、PgRではあまり差はありませんが、若年性乳がんでは非若年性乳がんに比べて、ER陰性例が多いことがわかりました(図12)。
また、がん遺伝子の一つであり、細胞増殖にかかわる膜蛋白であるHER2は、若年性乳がんで陽性例が高く、また、ER、PgR、HER2のいずれも陰性のいわゆるトリプルネガティブ乳がん(triple negative; TN)も若年性乳がんで多いことがわかりました(図13)。HER2陽性、あるいはTN乳がんは、乳がんのなかでも悪性度が高く、予後不良な因子であることが知られており、この性質をもった症例が若年性乳がんに多いことは注目すべきであると思われます。
 
図11 病理学的リンパ節転移個数
 
図12 ER, PgRの発現
 
図13 HER2陽性例とトリプルネガティブ症例



  若年乳がんの予後
 次に日本人若年乳がんの予後を調べるために日本乳癌学会癌登録データベースに登録されている1975〜2000年に手術を受けた146,690例のデータを解析しました。
 
乳がん発症年齢と予後
  図14は解析した症例中、49歳以下の患者さんについて発症年齢ごとに予後(生存率)を生存曲線として表したものです。34歳以下の患者さんの生存曲線は、35歳以上の患者さんのものよりも下にあり、34歳以下の若年性乳がんの予後が不良であることがわかります。
 
図14 乳がん発症年齢と予後
 
若年性乳がんの予後
  次に34歳以下の若年性乳がんの予後を進行度(病期)別にみてみると、図15のように進行度が高くなるにつれて予後が悪くなります。そこで、若年者と非若年者の予後を、病期別に比較してみました。Ⅰ期、ⅡA、 B期、ⅢA-1期では若年性乳がん患者さんの予後は、非若年性乳がん患者さんと比較して、明らかに悪いことがわかりました(図16A-D)。しかし、IIIA-2、IIIB、IIIC期のように進行した患者さんでは、若年者と非若年者の間に明らかな予後の差は認められませんでした(図16E-G)。
 
図15 若年性乳がん(34歳以下) の病期別生存率
 
 
図16A-D 病期別 若年者と非若年者の予後比較
【A I 期】

【B IIA 期】

【C IIB 期】

【D IIIA-1期】
 
図16E-G 病期別 若年者と非若年者の予後比較
【E IIIA-2期】

【F IIIB期】

【G IIIC期】
 
妊娠・授乳期乳がんの予後
  今回解析した患者さんのうち、乳がんの発症時に妊娠中あるいは授乳中であった患者さんが約1%いらっしゃいました。その妊娠、授乳期の乳がん患者さんの予後を、その他の患者さんと比較してみると、図17のように妊娠、授乳期の乳がん患者さんは明らかに予後が悪いことがわかりました。
 図18は年齢と病期との関係をより詳細にみたものです。若年性乳がんのなかでも、特に29歳以下では、30歳以上よりもⅢ期以上の進行がんが多いようです。さらに、妊娠、授乳期乳がんでは他の患者さんよりもⅣ期が多いことがわかりました。これは妊娠期、授乳期に乳がんの発見が遅れてしまうことを示唆していると思われます。
 次に、30-34歳の乳がん患者さんの中で、妊娠・授乳の予後に対する影響を調べてみました。図19のように、30-34歳の若年者においても、妊娠、授乳期の乳がん患者さんは他の患者さんよりも予後不良であることがわかりました。次に妊娠、授乳期乳がん患者さんを、妊娠期と授乳期に分けて予後を比較してみると、図20のように妊娠期よりも授乳期のほうが予後不良であることがわかりました。
 図21は妊娠・授乳期乳がんの予後を病期ごとに解析したものです。Ⅰ期では10年生存率90%、ⅡA期で85%と妊娠・授乳期乳がん以外の患者さんの予後とほとんど変わりありません。従って、妊娠・授乳期乳がんの予後が悪いのは、進行期乳がんの割合が高いことと関連していると考えられ、早期であればそれほど予後は悪くないと考えられます。妊娠、授乳期の乳がんを早い時期に発見するには、妊娠中、授乳中の乳房のしこりや異常に関して、より注意していくことが必要と考えられます。
 
図17 妊娠・授乳期乳がんと予後
 
図18 年齢と病期
 
図19 妊娠授乳期乳がんの予後(30-34歳)
 
図20 妊娠期乳がんと授乳期乳がんの予後比較
 
図21 妊娠・授乳期乳がんの病期別予後